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一部経読誦会

4月28日、日蓮宗が開かれた『立教開宗』の聖日に、一部経読誦会に参加させて頂いた。一部経とは、『妙法蓮華経』一部八巻二十八品のことで、文字数で言うと69,384文字の法華経を全巻読誦する法要のことをいう。この読誦会は県内寺院の有志で行われているが、複数名で一部経を読誦する機会は少ないので、まさに聖日の意義のある法要となった。


普段は故人を偲ぶ法要や祈願の法要で法華経を読誦するが、お経は不思議な力を持っている。法要の前後で参列された方の表情がまったく変わるのである。おそらくお経がその身に沁み込んで、様々なものを浄化してくれるからであろう…

当山の歴代住職の中には、法華経読誦五千部、三千三百部というような凄いお上人方もおられるが、私も日々の読経で法華経の功徳が頂けるよう、更に精進しなくてはならないと感じた。
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鬼子母神
毎月8日は“鬼子母神”の御縁日である。この日は、本堂の鬼子母神様にも法味を捧げている。鬼子母神は、もともと人の子を食らう悪鬼であったが、お釈迦様に我が子のうち1人を隠され、子を失う苦しみを持って悔悟し、仏教守護の善神となった。何人たりとも、我が子を愛する気持ちは海よりも深いものである。
子どもを愛し育てるということは、親にとってもよき勉強となる。それは幾つになっても変わらないものであろう。親に育てられ、子を育て、その時その時で気付くことはとても大きい。不思議とそんなことを考える、鬼子母神の御縁日であった。

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苦を考える
『生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦』

昨日、とある檀家の一周忌法要を勤めさせていただいた。この日を迎えられるまでに当家では、仏壇開眼や墓碑建立、盆彼岸には塔婆供養と、心のこもった供養をかさねてこられた。当日は大勢の御親族が集まられ、心温まる法要となった。何かとお心遣い賜り、御当家皆様には心から御礼申し上げたい。法要の席では“四苦八苦”“四苦”について少しお話をさせて頂いた。この世に産まれれば誰しも逃れることが出来ない苦しみ、生・老・病・死のことである。人生を重ねていくと、この四苦には必ずと言ってよいほど突き当たる。しかし、この苦しみがあるからこそ、自分達の“命”について考えることが出来るとも言えよう。逃れることの出来ない苦しみであれば、むしろその準備をすることはとても大切である。
仏事法要は死を迎えた方が、残された家族へ対して何かを語りかける場だと思う。その方の死が、残された者への充実したへと繋がれば有り難いことである。苦を考えるということは、与えられた自分の生、如いては子孫の生を考えることにも繋がるはずである。
 
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写経
一文字一文字に、願いが込められている写経です。

秋の彼岸も終わり、本堂や位牌堂、墓所では、ご先祖様に手を合わせる尊い姿を拝見することが出来た。ちょうど“彼岸花”の赤い花も咲きほこり、お参りの方の目を楽しませているかのようであった。
今回、彼岸のご案内と共に写経用紙をお配りした。10月25日に総本山・身延山久遠寺にて、広島県宗務所主催の“立正安国・恒久平和”の大法要が行われ、「平和のいのり納経塔」に写経が納められるのである。
多くの方が写経を書いて、持ってきて下さった。今回の写経は『妙法蓮華経如来壽量品第十六』の一節が薄く書かれており、その文字をなぞるものであった。写経をされた方の中には、「もっと沢山お経を書くものはないですか?」とか、「もう少し書きたいので、写経用紙を下さい。」と言われる方もおられた。日常の生活の中では、筆をとり、心を落ち着かせお経を書くことなど、なかなか出来ないことであろう。まして筆を持つ習慣が少なくなった現代では、筆を持つ機会こそ限られることではなかろうか。
『五種法師』という修行法の中では、『書写』は最後に行う修行と説かれている。
受持・読・誦・解説・書写… 写経が人々に何を与えることができるのかを考える、よい機会となった。
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木鉦の響き
読経で叩く、日蓮宗独特の仏具“木鉦”

日蓮宗では読経のときに「木鉦(もくしょう)」という仏具を広く用いている。「木魚(もくぎょ)」といえば分かりやすいかもしれないが、お経の調子をとるときに使う“鳴り物”である。木魚は低音でポクポクというイメージだが、木鉦はカンカンと高音で、早く叩くときに適した鳴り物といえよう。特に読誦会や祈祷会等でお経を何巻もあげる時には読経も自ずと早くなり、木鉦も調子をとる為に急調で打たれる訳である。その叩き方も何種類かあり、平素の葬儀や仏事で打は「雨だれ」と言って、ゆっくり等間隔で打つ。読誦会や祈祷会では、沢山のお経を読むため調子も早くなり、「中拍子」「本拍子」と言って特殊な叩き方で打たれるようになる…
私は大荒行に初めて入行した時の、“全堂木鉦師”を務めたW上人から木鉦の打ち方をご指導頂いた。その木鉦の響きは、いまだに忘れることが出来ない。全堂木鉦師とは、150名以上の僧侶が急調で勤読する時に、皆が乱れず読経するために木鉦にて調子を整える“読経の番人”と言える役目である。
先日、市内某寺の副住職が読経の練習に当寺を訪れた。本年、大荒行に入行される予定らしい。読経も木鉦も、日々の積み重ねが形に表れてくるものだと私は思う。日々の精進にて、自らの“響き”が身につけれるよう、頑張ってもらいたい。
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宮島・厳島神社「千畳閣法要」
左側の大きな屋根が千畳閣で、右手に見えるのが大鳥居です。雄大な千畳閣の回廊、時代を感じさせます。後方が五重塔。

日本で有数な世界文化遺産登録の地、宮島『厳島神社』の千畳閣にて、「法華経読誦大施餓鬼法要」が昨日執り行われた。まさに世界遺産に登録された平成8年から始まり、今回で第11回目となる大法要である。また1164年(長寛2年)、平清盛が一族の繁栄を願い奉納した「平家納経三十三巻」には、法華経二十八巻が書写されており、『厳島神社』千畳閣にて法華経を読誦させて頂くことに、不思議な“ご縁”を感じざるをえない。
毎回、厳島神社の宮司様からはご理解ご協力を頂き、有り難いことである。
「千畳閣」は、1587年(天正15年)、千部経読誦供養をするために豊臣秀吉が発願し、安国寺恵瓊を奉行として着手させたが、秀吉の死(1598)によって完成をみないまま今日におよんでいる。巨大な梁や畳が857枚もひける板間からは、当時の大工事の様子が想像できる。
大法要には日蓮宗声明導師、京都大本山妙顕寺貫首をはじめ全国から30数名の声明師、さらに今回は東京や岐阜からも檀信徒の方々が参拝に来られた。
法要が始まると、声明の美しい旋律や朗々と読誦される法華経に、檀信徒はもとより、諸外国の観光客も足をとめて聞き入っていた。特に初めて見るであろう僧侶の集団に、外国からの観光客も強烈なインパクトを受けたようである。
2時間に及ぶ大法要も無事終了し、遠く平安の時代から現在に至る法界萬霊に回向を捧げることが出来た。
神佛習合、神佛分離と時代の流れの中で神道と佛教は別々の道を歩んでしまったが、いずれも人々の“心の拠りどころ”であることに違いはない。小さな枠にとらわれることなく、日本が誇れる「伝統文化」を、世界にもっと発信していきたいものである。

僧侶が入堂し、大法要が始まります。声明と法華経が、堂内に響き渡ります。
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蓮の花
鮮やかな色合いで花を咲かせた、当山の蓮。

当山の本堂脇の池に、綺麗な蓮(ハス)の花が咲いていた。
一本は大きく花びらを広げ、そこに蕾の一本が寄り添っていた。
あまりの美しさに、その光景を写真におさめることにした。
自然が造りだす色合いは、人々の心に深く語りかけてくるものである。

「白蓮華(びゃくれんげ)」泥中に在って、泥に染まらず美しい花を咲かせることは、煩悩具足の衆生が佛性(ぶっしょう)の花を咲かせ、悟りの果を得ることをあらわすものである。【日蓮宗事典より】

昔から蓮の花は、この世を生きる我々人間が、悪行に染まらず、善行を積むことにより、悟り(真理を見極める力)を身につける喩えとして出てくる。
とかく悩みや不安、そして誘惑が多いこの世の中で、自己の事のみならず、他の者を思いやる気持ちを育て、人様のお役に立てるよう、心と体を磨かなくてはならない。
蓮の美しい花を拝ませて頂いた御礼に、緑色に輝く池の掃除をさせていただこう…
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精進
近頃、写真を撮ると被写体とは関係のない物がよく映る。
光線の加減か霊的な物体かよく分からないが、何かを伝える為に写っているような気がしてならない。皆さんもこんな経験が、あるのではなかろうか。

法華経の中に「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」が説かれている。
「六根」とは人間の知覚を構成する六つの感覚器官で、
視覚をつかさどる“眼”
聴覚をつかさどる“耳”
嗅覚をつかさどる“鼻”
味覚をつかさどる“舌”
触覚をつかさどる“身”
認識し思考する“意”(心)である。
それぞれの感覚器官の煩悩を払い清めることを「六根清浄」という。

この六根を清める手だてとして、読経や水行等の修行法があげられる。
毎朝の読経は勿論のことではあるが、日常生活においては欲を離れ、神経を研ぎ澄ますことで“心眼”を開けるよう、日々精進である。
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彼の岸へ
鐘楼堂前の梅の花が、とても綺麗に咲いています。

暑さ寒さも彼岸まで…
春分秋分を中日として前後三日の七日間を彼岸という。
雨模様ではあるが、肌で春を感じる「彼岸入り」となった。
朝のうちからご先祖様を思い、多くの方が墓参されている。
心和む風景である。

苦しみ多き迷いの世界を「此岸(しがん)」というのに対し、生死を離れた平安な世界を「彼岸(ひがん)」いう。
我々は、心のどこかでいつも“安らぎ”を求めている。
そんな我々凡夫に対して、六つの修行法が説かれている。
『六波羅蜜(ろくはらみつ)』だ。

一、布施(ふせ)…他者に施すこと
二、持戒(じかい)…戒律を守ること
三、忍辱(にんにく)…苦難に耐え忍ぶこと
四、精進(しょうじん)…真実の道をたゆまず実践すること
五、禅定(ぜんじょう)…精神を統一し、安定させること
六、智慧(ちえ)…物事を正しくとらえ、真理を見極める認識力を得ること

一年に二度しかおとずれないこの期間に、ご先祖様に感謝し、自身の心を磨く修行を心がけたいものである。
美しい花々のつぼみが開くこの時期に。



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感謝の気持ち
今朝方から雨が降りだし、今日は一日雨模様となった。
雨は何故か心を落ち着かせてくれる。
法華経の観世音菩薩普門品第二十五に『甘露の法雨を灌(ソソ)ぎ、煩悩の焔(ホノオ)を滅除す』とある。
雨は“汚(ケガ)れ”を洗い流してくれるのだ。

遠方の檀家Kさんから、ご贈答の御品と手紙を頂いた。
今月、娘さんが初孫を出産され、その御礼にとお送り下さった“感謝の気持ち”である。

我々は日頃から何かに感謝しながら生活しているだろうか。
当たり前のように衣服を整え、当たり前のように食事をし、当たり前のように暖かい布団で寝る。
そんな当たり前のことが無くなるとは想像しにくいものであるが、いつ何時どんな事が起きても心に“感謝”の念を抱いて生活していれば、当惑することは無いであろう。

この世に「生」を受ければ、必ず「死」を迎える。
日蓮聖人も『されば先(マズ)臨終の事を習て後に他事を習べし』と説かれている。生きていることに感謝出来れば、死を迎える時の心の準備もおのずと出来るはずだ。この世の全てのものに「有難う」感謝しながら、年月を重ねていきたい。


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