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黒船ペリーが来た了仙寺

2022年、福山城は築城400年の節目を迎える。

初代福山藩主水野勝成公から水野家五代、松平家一代を経て、阿部正邦公の阿部家が十代。当山檀越には水野家、阿部家で家老を務めた上田家、内藤家、三浦家、近藤家等が名を連ねる。

今年12月には阿部正弘公が生誕200年を迎え、当山筆頭総代・福山自動車時計博物館の能宗孝館長は阿部正弘公やペリーを始め水野勝成公、徳川家康公の銅像を記念事業の一環として建立すべく準備を進めている。ことに老中首座の阿部正弘公がペリーと日米和親条約を締結し、更に日米下田条約を結んだ場所が下田・了仙寺である。驚くことなかれ、この了仙寺は当寺同様、日蓮宗寺院である。この度、阿部正弘公生誕200年の記念すべき年にペリーと日米下田条約が結ばれた了仙寺へ訪問させて頂いた。

了仙寺はいわゆる観光寺院で、その日も大型バスが何台も乗りつけ多くの方が境内を散策されていた。境内には博物館もあり、ペリー所縁の品々も沢山展示されていた。当日は住職の松井大英上人がご丁寧にお出迎えくださり、江戸時代の貴重な資料を目の前に、寺歴を始め黒船来航、日米下田条約、開国時の下田や外国人の様子などを説明してくださった。特に「日本開国は、ペリー来航以前から周到に準備されていた。」との話は非常に興味深く、我々が習った歴史が大きく変わりつつあるようである。

自坊での法務を始め、観光客への講話や法話、3000点にも及ぶ資料の展示・整理やデータ化、地元観光協会や宗門要職での任務、これだけのことをこなされている住職はそうそういないと思う。

この度の種々のお心遣いに感謝御礼申し上げ、備後国福山にて再会できる日を楽しみにしたい。

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